第203回(2009.02.06)
「タメ」について考える

◆イチローや松井はなにがすごいのか

今回が203回になるが、もう少し、本線から脱線する。今回のテーマは「タメ」。

イチローや松井秀喜という2人のバッターは対照的なバッティングスタイルであるが、共通点もある。タメを作るのがうまく、バットスイングが早いことだ。タメを作る、つまり、ボールを引きつけることによって打ち返される打球の速度は速くなり、普通のバッターの打球だとアウトになるものがヒットになる。あるいは普通のバッターより遠くまで飛んでいく。

もちろん、タメを作るには身体能力が必要である。卓越した身体能力を使って、タメを作るバッティングをする。これが2人の共通点だ。


◆タメはスポーツだけの問題はない

齋藤孝先生が、今の若者の特徴で「タメ」を作ることができないことを指摘されている。

齋藤孝「退屈力」、文藝春秋社(2008)

スピード時代だとか、ドックイヤーだとかよくいうが、そうだと思う一方で、違和感もある。先日、日本のインターネットの創世記からオピニオンリーダーの一人として活躍している人と10年ぶりぐらいにあって話をする機会に恵まれた。ブログの記事にはするなと釘をさされたので(笑)、名前も内容もかかないが、一つだけおもしろいことを言っていたので紹介する。

インターネットの普及から恐ろしいスピードで時代が流れているように見えるし、事業にしても従来だと想像できないようなスピードで構築され、成功したり、失敗しているが、これは単に従来のビジネスモデルをネット化したり、これまで一生懸命育成してきたリソースを活用することによって可能になっているだけであり、本質的に時間のスピードが早くなっているとは思えない。薄っぺらいものになっているだけだ。

という趣旨のことを言っていた。たぶん、名前を言えば誰もが知っているようなネット社会推進のリーダーの発言である。

もうひとつ、これはもう1年くらい前、まだ、経済の調子が悪くないときにあるグローバルエレクトロニクス企業の役員から聞いた話。「サムスンに市場を食われることはあっても脅威は感じない。強さ、頑強さがないから。やっぱり、今でも怖いのは松下ですよ」と言われていたのが印象に残っている。おそらく、この話も上のインターネットの話と同質なのだと思う。もっとももう1年以上前の話で、その間に経済状況が予想外の急転し、そこでサムスンは結構がんばっていることをみて、どう思っているかは興味深いが、、、

この2つの話の本質はタメがないとインパクトが作れないという、バッターの話と全く同じ話だろう。


◆プロジェクトのタメのなさ

プロジェクトの中でも同じものを感じることがある。計画の段階で「タメ」ができない。あまりよく考えもせずに計画を作っているので、インパクトがなく、何か障害が発生すればすぐに止まってしまう。

プロジェクトマネジャー個人をみても同じような状況が垣間見られる。勉強はしていて知識は豊富である。しかし、考えていない、問題に直面するとその知識はほとんど役に立たない。一生懸命勉強したのに、役に立たないので、「ダメだ、やっても仕方ない」となる人が少なくない。日本流の言い方をすれば知識が知恵になっていない。知識を知恵に変えるには経験と考えることの2本柱が必要だが、考える方の柱がないので、タメないで、バットを振っているだけになっている。


◆プリント学習しかできない症候群

進学塾のトレーニング方法にプリント学習というのがある。これは、インプットがすぐにアウトプットに結びつくある意味で、「効率的」な学習方法である。こういうものが求められている。

学習ということではプロジェクトマネジャーの研修でも同じことを感じる。プリント学習を求める。さすがに小学生に比べると弁も立つので、もっともらしいことを言うが、求めているものは同じだ。アウトプットに直結するインプットを求める。

事業をやれば初年度から単年度黒字になって、あっという間に上場する。コンサルに頼んで仕組みを作り、人材はリクルーティングしてくるのでそれなりに仕組みは回るが、文化は構築できないので、いつか空中分解する。崩れ始めると止まらない。経営者の人間としてのタメがないと倒産だけではなく、犯罪にまでいく。これが最初のネット社会の薄っぺらさの問題。

投資をすぐに回収するために、商品レベルで模倣し、コストに優位性を求める。かつての松下との根本的な違いは、松下の二番手戦略は戦略オプションであり、それ以外の展開もできていた。模倣していたのは商品ではなく、組織能力である。従ってインパクトがあったし、例えば、90年代の携帯電話のようにトップを走るという戦略も採り得た。ところが、商品レベルで模倣するのは単なるコピーである。これがサムスン問題。

プロジェクトでは、始まったら、「もう注文をしたのだから」、「もう承認したのだから」とキックオフミーティングもしないうちからプロジェクトスポンサーの投資回収の大合唱が始まる。従って、プロジェクトの立ち上がりで、じっくりとプロジェクトを構想し、タメを作っている時間など生まれない。


◆タメがないとインパクトが生まれない

問題の本質はタメが作れないことではなく、タメがないので、インパクトを生み出し得ないところにある。一言でいえば弱い。モヤシやカイワレ大根のようなものだ。

実は人間関係でも同じ問題を感じることが多い。僕が独立したのは1990年で20年ほどになるが、90年代につきあいだした人というはじっくりとつきあっていて、今でも何かあれば通じる人が多い。しかし、この5年くらいに知り合った人は、最初はとんでもない濃度でつきあうのだが、その仕事が終わり、時間がたって何かあるともう一度というのはほとんどない。交流を続けていかない限り、関係が朽ちてしまう。これもインパクトの問題だろう。

上に紹介した齋藤先生は、刺激の中でしか生きていけないからタメができないと指摘している。そして、刺激がなくても生きていけ、タメを作れることは能力であり、「退屈力」と呼んでいる。

ひとつには、野球選手の身体能力に相当するような能力を構築しなくてはならない。みんながイチローや松井になることはありえないが、プロジェクトでメシを食っているのだから、プロにはなれる。その意味で、そんなにハードルが高いことではない。

本当に難しいのはもう一つのほうだ。


◆タメを作るにはキャリアを真剣に考える必要がある

おそらく、ここまでの記事を読んで戴いた方の中には違和感を感じられた方もいらっしゃると思う。「お客が要求しているのだから仕方ない」、「上司がせかすんだからしょうがない」。このご時世でインプットからそのままアウトプットすることを正当化する理由は山ほどある。その意味ではそういう時代なのだ。

つまりのところ、これは「よい学校に入るためにはプリント学習は仕方ない」と言っているのと同じで、それを覆すには、「キャリアをかけた決断」が必要になる。何も考えずに周りと歩調を合わせようとしている限り、こんな決断はできない。

急がば回れだ。この点をぜひ、真剣に考えてみてほしいと思う。

この記事にはタメのないコメントがないことを祈っている。

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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「プロジェクト&イノベーション(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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