第192回(2008.08.19)
自立的なプロジェクトマネジャー像〜プロジェティスタ

◆自立か、自律か

まず最初に反論というか、前回記事に対する意見へのコメントから。前回の原稿でプロアクティブは自立からではなく、自律から始まるのではないかという意見を戴いた(複数名)。確かに、キャリア「じりつ」という言い方をするときには、

自立人材
自分の意見を持ち、自己の意見を主張できる人材

自律人材
他者のニーズを把握し、それとの調整をはかりながら、自分自身の行動のコントロールを行い、自らを律しながら、自己実現を図ることのできる人材

という言葉の使い分けをするのが一般的であり、自立人材というのは組織の調和より、自己主張を優先するという意味で、あまりよろしくない意味でつかわれることが多い。これに対して自律というのは調整型で自己実現ができるという、組織人の鏡のような人材である。


◆自立は自律の先にあると考えるのが自然

しかし、ここではそうは考えていない。自立というのは自律の先にあるものである。
つまり、組織のルールを守って行動することについて、守破離があるとすれば、自律というのは守であり、自立というのは破、あるいは、離である。

さらに現実を言えば、組織でプロジェクトがうまくいかないのは、プロジェクトマネジャーを自律人材として仕立てようとしているところに問題があることが多い。少なくとも、自律的なプロジェクトマネジャーにプロアクティブなマネジメントを期待するのは難しいと思われる。

※守破離についてはこちらを参考のこと。
プロジェクトマネジメントにおける型と守破離(しゅはり)

というわけで、前回はプロアクティブなプロジェクトマネジメントは自立から始まるという話をした。


◆それは自立ではなく、自律

今回はプロジェクトマネジャーの自立について考えてみたい。プロジェクトマネジャーが自立するとはどういうことか?ある研修の自己紹介で必ず聞くことにしているが、まあ、いろいろな答えが返ってくる。3人に2人くらいは議論したらそれは自立とはいえないという答えが返ってくる。もっとも多いのは、

「与えられた権限の中で、自分でさまざまな判断をしてプロジェクトを進めていき、権限を超える問題が出てきたら自主的に上司と相談する」

という答えだ。こういう行動規範を持つプロジェクトマネジャーを自律したプロジェクトマネジャーという。


◆自立したプロジェクトマネジャーの条件

では、自立したプロジェクトマネジャーとはどのようなか?難しく考えれば自立には3つの条件がある様に思う。

1)自分の意志を持っている
2)主体的に動く
3)自己決定として組織人としての動きをしている(全体の整合を取っている)

の3つである。結局のところ、3)は必要である。自律という言葉のやっかいなところは、自分の意志や、自己決定というところを「自己実現」という言葉で片付けている。結果に納得するのと、意志をもって物事を行うのは、結果が同じでも違う。前者が自己実現であり、後者は自立である。

簡単にいえば、そんなに難しい話ではない。自律とは立場を踏まえて行動することであり、自立とは経営感覚を持つことである。現場であっても、経営者としての視点で物事を判断することだ。

ちょっと話は脱線するが、この20年くらいを見たときに、日本のビジネス界にトップ人材を提供し続けている企業はIBMとリクルートではないかと思う。そのリクルートであるが、

江副 浩正「リクルートのDNA―起業家精神とは何か」、角川書店(2007)

によると、「社員皆経営者主義」というのがあるらしい。


◆自立したプロジェクトマネジャーのモデルとしてのプロジェティスタ

さて、自律したプロジェクトマネジャーをもう少し、詳細化していくとどのようなイメージになるのだろうか?ここで注目されている制度としてイタリアの「プロジェティスタ」という制度がある。

プロジェティスタは文字通り自律したプロジェクトマネジャーであり、企業から独立して、プロジェクトマネジャーを引受け、クライアント企業の内外にまたがる人材ネットワークを背景にして、クライアント企業に深く入り込み、プロジェクトを進めていく職業である。著者は5年間くらい、このような仕事をしていた時期があるが、現実には難しい。入り込める深さが違うのだ。なかなか、組織内の意思決定に影響を与えるのは難しいし、また、クライアントもそこにまで入ってくることをよしとしないケースが多い。ある企業の商品開発のプロジェクトで、方針をめぐって議論になり、そこを譲るならプロジェクトが失敗した方がよいという議論になったことがある。もちろん、議論の範囲で感情的な議論というわけではない。クライアントがそのように思う理由も納得していたが、同時に限界だとも思った。

著者が経験したことは日本企業の本質の部分であり、内部統制の強化などと相まって徐々に変わってくる可能性はあると思うが、そう簡単に崩れることはないと思う。その点を考えてもプロジェティスタが制度として注目されているわけではない。社内のキャリア制度である。


◆付加価値を生み出すプロジェティスタ

IT業界を中心に多くの企業がプロフェッショナル認定制度を作り、その中にプロジェクトマネジャーも含まれていることが多い。経済産業省のITスキル標準も含めて、プロジェクトマネジメントのキャリア制度を、技術プロフェッショナルの制度の中に入れてよいかという議論がある。技術プロフェッショナルというのはビジネスに対して自律的なキャリアを持ちうる存在ではない。たとえば、ITプロフェッショナルがよい例だが、受注条件を超えた付加価値をもたらすことはできない。技術的な付加価値を生み出す存在である。ところが、プロジェクトマネジャーは、本来的にはビジネスの付加価値を作っていく存在でなくてはならない。

このビジネス的な付加価値を生み出していく存在がプロジェティスタである。企業の中にそのようなキャリア制度はあってしかるべきである。

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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「コンセプチュアル・マネジメント(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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