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第253回(2011.05.20)
場としてのプロジェクト(2)〜ユーザエクスペリエンス

◆10年間使い続けることのできる情報システムは作れるか?

前回、商品開発にしろ、ITにしろ、顧客がもう少し、積極的な参加を望むようになってきた。その中で、プロジェクトマネジメントはどうあるべきかを考える必要があるというところまで話しが進んだ。これから、少し、個別の領域でどうあるべきかを議論していきたいと思っている。まずは、著者がこの議論を考えるきっかけになったITの分野から。

ITの分野でこの問題意識を持ったのは実はもう20年以上前である。きっかけは、あるコンピュータメーカのユーザシンポジウムで、偶然、聞いたGMSの情報部門の人の話。おそらく、コンピュータメーカのSI部門に対する要望として、「システムの開発はせいぜい1年だが、我々はそのシステムを10年間使い続けることになる。そのことを意識して対応をしてほしい」という趣旨のものだった。もっともな話なのだが、その話を聞いた瞬間に思ったのは無理だということだった。

たとえば、NCマシンを調達し、10年どころか、15年、20年使うということは珍しくない。ところが、10年間使える情報システムの基盤というのは想像できない。自社のビジネスにおける位置づけが違うからだ。もし、10年間使えるとしたら、情報システムの作りの問題ではなく、その企業のビジネスシステムやビジネスモデルがよほど卓越しているからだろう。実際に、その後、償却期間の設定も短くなり、情報システムのライフサイクルは短くなってきた。


◆問題の本質はライフサイクルではない
しかし、この問題がライフサイクルの問題かというとそうではない。この問題の本質は調達という考え方にある。調達は調達仕様を明確にし、その仕様に基づいて調達品を得る活動である。そして、調達したのちは、ユーザが運用し、ベンダーが保守を担当するという構図になる。情報システムでもこの構図は例外ではない。

しかし、調達という活動は調達品の使い方が変わらないことを前提にしている。NCマシンであれば加工したいものが、NCのプログラミングで対応可能な範囲でしか変わらないことを前提にしている。それでもハードウエアの調達品には、コンピュータが組み込まれ、エンドユーザがソフトウエアを作ることで対応範囲が広くなっている。その代表がNCマシンである。

このような調達はオペレーションの合理化を対象にしたものだった。情報システムもかつてはそうだった。自動化や省人化などが目的だった。しかし、情報システムが他と大きく違ったのは、経営情報を扱うようになってからだ。経営情報システムはオペレーションの域を超えたものであって、戦略が変われば必要な機能はどんどん変わる。これを向こう10年間見越すというのは不可能である。


◆調達から「コ・クリエイション」へ

見方を変えると、調達の際に仕様を決めて調達するという発想に無理があるのだ。では、どういう前提であればいいかというと、育てていくものだという前提だ。言い換えると、コ・クリエイションを行うという前提だ。このように前提を変えるためには、民主化が不可欠である。

情報システムを巡っては80年代の後半にエンドユーザコンピューティングという概念が出てきた。これが、情報システムの民主化の始まりである。しかし、その後、民主化は進んでいない。専門性がどんどん高くなっているからだ。たとえば、オフィススイートやERPなどは民主化の旗手になる予定だったのが、結局、開発プラットホームの一つになっている。

調達に変わって、コ・クリエイションすれば、民主化が一つのキーワードになることは間違いない。ただし、情報システムの専門性はどんどん高くなっており、クラウドだとか、SNSなどによってエンドユーザのすそ野が広がっても、結局、これまでと同じように急速に民主化されることはないだろう。


◆民主化と専門性のジレンマを解消する方法はあるか?

このギャップを埋めて行くには、開発、運用の体制をうまく作っていくしかないだろう。これがマネジメントに求められる役割である。現在のところ、この領域のマネジメントは、サービスマネジメントとプロジェクトマネジメントという2つの有力な候補がある。もちろん、両立しないものはないが、看板は別にしてここで本質的に必要なものは何かである。そのときにポイントになるのは、誰が主体者になるべきかだ。

答えははっきりしている。ユーザである。もう少し厳密にいえば、エンドユーザである。では、エンドユーザが主体となりうるマネジメントとはどのようなものか?情報システムがブラックボックスである限り、サービスマネジメントはその一つの候補である。サービスマネジメントよりもう一歩踏み込んで、コ・クリエイションを行いたとすれば、プロジェクトマネジメントの方が適している。情報システムのユーザエクスペリエンスの中で、開発というエクスペリエンスは今後、きわめて重要なものになってくると思われる。

これまでもなかったわけではない。たとえばプロトタイピング開発手法では、ユーザエクスペリエンスの視点が導入されている。ただし、民主化されているとは思えない。悪くいえば、開発プロセスという作り手の掌で踊らされているような印象を受ける。その原因は、ユーザの関わる場所はユーザインタフェースであるという作り手の仕切りにある。これでは、結局、要件の決め方を変えているに過ぎない。

プロトタイピングを乗り越えてコ・クリエーションを実現するためには、プロジェクトマネジメントが必要である。次回はその話をしたい。

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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「プロジェクト&イノベーション(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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