第148回(2007.06.19) 
プロジェクトにおける延期と投機

◆延期戦略と投機戦略

顧客中心型プロジェクトマネジメントのポイントになるのは、顧客の声を如何にプロジェクトに反映するかである。

いきなり脱線するが、サプライチェーンマネジメントの中で、延期戦略と投機戦略という概念があるのをご存知だろうか?

投機戦略は最終製品の需要予測を行い、実需が確定する以前に計画的に最終製品の生産と物流を行うやり方である。

この戦略では見込み生産を行うため、大量生産による規模の経済性を確保しやすく、さらに顧客に製品を納入するためのリードタイムが短くて済むというメリットがある一方で、予測と実需が乖離した場合には、製品在庫がデッドストックとなるリスクが大きい。特に、昨今の製品ライフサイクルが短い中ではたいへんなリスクである。

これに対して、延期戦略は最終製品としての特徴を付加する時期をできる限り遅らせるものである。もっとも一般的な形態は受注生産になる。この場合は顧客ニーズに適合した製品を生産するため、売れ残りによるロスや欠品による機会損失は排除される一方で、一般的に納入リードタイムが長くなる。


◆デカップリングポイントが成功の要諦

投機と延期は相反するが、この分岐になるポイントをサプライチェーンでは、デカップリングポイントという。

デカップリングポイント設定の原則は、カスタマイゼーションに要する時間が顧客からの要求納期に等しいか短くなる在庫ポイントをサプライチェーン上で見つけることである。実際にはそう容易なことではないが、成功事例を見ると、必ずといってよいくらい、デカップリングポイントの設定がある。

顧客中心型のプロジェクトマネジメントもこのようなデカップリングポイントを求めることにあるのだろう。

というようなことを考えていたのだが、実は、

顧客中心のプロジェクトマネジメント

に戴いた意見を聞いていると、この記事にコメントとして掲載させてもらっているものも含めて、ITを中心に、デカップリングポイント以前の問題にあるような気がしてきた。


◆マーケットインとプロダクトアウト

商品の開発・販売における考え方として、プロダクトアウトとマーケットインという考え方がある。プロダクトアウトは、技術、戦略、思い入れなどの、いわば、企業側の事情を優先して商品を作って販売していく方法である。これに対して、マーケットインは、顧客の要求をニーズを優先して、そのニーズに応える商品開発をして、販売していく方法である。マーケットインの究極的な形は受注生産であるが、一般的にはカスタマイズで対応する。

上に述べたサプライチェーンマネジメントや、延期と投機の理論というのは、そもそも、マーケットインのビジネスを前提としたものである。しかし、SIのビジネスを例にとって考えてみると、受注生産であるにも関わらず、マーケットインよりは、マーケットアウトのビジネスをしているのではないかと思われるような意見が多かった。

プロダクトアウトかマーケットインかという商品の扱いはそもそも、マーケティングで考えられたことであり、マーケットインがよくて、プロダクトアウトが悪いというイメージがある。マーケティングの視点から言えばそうかもしれないが、決してそんなことはない。プロダクトアウトのビジネスの方が画期的な商品が生まれやすい。また、そもそも、顧客が何を欲しいか分かっていないという状況の方も少なくない。すると、必然的にプロダクトアウトになる。

実は、意見として多かったのは、SIビジネスは顧客が何をやってよいかわからず、そのために、受注生産という形態をとってはいるが、本質的にはプロダクトアウトビジネスであるという意見だ。

確かに、SIビジネスにはそのような一面があると思う。


◆顧客は「なにかいいもの」を欲しがっている

しかし、ここで注意しなくてはならないのは、顧客は何が欲しいか分からないけど、「なにかいいもの」を欲しがっているということだ。多くの人はこの視点が抜けているように思う。要件定義というのは目的があって、目的を仕様やスコープにしていく作業である。ところが、「なにかいいもの」というのは目的もはっきりしない。

たとえば、財務部門がもっと楽に資金繰りをしたいと思っている。これは、たぶん「なにかいいもの」の類である。

つまり、「ニーズ(要求)」は諸般の事情により分からない。しかし、どうなりたいかという「期待」ははっきりしていることが多い。否定されることを怖がって言わないだけである。

実は、SIのRFPには、「期待」を書いているものが少なくない。この期待から一連のプロジェクトをシナリオを組み立てていくことが、顧客中心のプロジェクトマネジメントである。

ところが、このような状況においては、ベンダーがプロジェクトをドライブしていくことは難しい。どうしても、顧客がドライブしていく必要がある。ベンダー側から言えば、顧客のドライブを引出していく必要がある。

そのキーワードは「顧客の声」である。

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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「コンセプチュアル・マネジメント(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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