プロセス12:プロジェクトリーダーシップ序説

◆今回のケース

 SI企業D社のプロジェクトAは、ネジメーカS社のインターネット販売のシステムを構築している。予算は5千万円。期間は4ヶ月。
 S社では、ネジであれば1本から加工し、顧客に届けること方式を取っており、高い収益性を誇っている。

 インターネット化にあたっては、従来からの1本からの対応は電話対応とし、インターネットからは10本単位という販売システムの変更を行い、利益も拡大を画策した。

 システムの開発は順調に進み、S社は得意先に依頼し、サイトテストを行ったが、テスト企業10社のうち、8社から、に10本単位の販売しかできないという点に注文がついた。

 この部分を1本単位の扱いができるように変更するには、追加コストとして1000万円、期間として2ヶ月が見込まれる。しかし、S社側は予算は2000万円まで追加可能だが、期間を2ヶ月延ばすことに強く抵抗をした。

 これに対して、設計リーダーのAさんは「納期どおりに機能を追加するには新たな要員が必要だ。今の時点で新しいメンバーを追加してもすぐには立ち上がらないので、プロジェクト予算を追加することでは解決しない」と言い張った。

 あなたがプロジェクトマネージャーだったらどうしますか?


◆このケースにおけるリーダーシップとは

 このアクティビティで述べてきたように、リーダーシップとは他人に影響を与えるプロセスであるので、プロジェクトマネージャーであるあなたは、Aさんを説得して、何とか顧客の要求に対応してもらうという選択肢も当然あるだろう。現実にはこれが多いかもしれない。

 しかし、このケースで考えないとならないことは、問題の本質がどこにあるかという点であり、ここが意見の分かれるところだろう。

 この問題を「顧客の言うことありき」として捉えるなら、問題は

 「顧客からのスコープ変更が発生したこと」

であり、上に述べたAさんと説得するという対応はある程度的を得ている。実際に、それ以上踏み込めないケースは結構多く、そのような対応にならざるを得ないというのは現実かもしれない。

 しかし、顧客の中にまで踏み込むことができるのであれば、この問題は少し様子が変わってくる。この変更要求で、顧客が抱える問題というのは

 クライアント(ネジの購入者)から1本単位で買えるようにしてほしいという要望があった

ことである。そして、その先には、クライアントの必要なときに、必要な分だけ購入するという調達(生産)プロセスがある。顧客であるS社にとっては、クライアントからの1本単位で購入したいというニーズより、もっと適切な方法があれば、とりあえず、この要求は消える。それをAさんを含めて、一緒に考えていく必要がある。


◆顧客をはじめとするステークホルダに対するリーダーシップ

 ところが上で述べたようにここまで踏み込めるケースは決して多くない。これがまず問題になる。この問題をクリアするには、プロジェクトの中で、プロジェクトマネージャーは、(情報交換、友好などいろいろな意味での)顧客とのコミュニケーションを日常活動として行っておく必要がある。リーダーシップの発揮に重要なのはというのは資質だと思いがちであるが、リーダーシップを影響を与えるプロセスだと考え
ると、このような日常活動がいかに重要かはすぐにお分かり戴けるだろう。顧客だけではなく、他の主要ステークホルダについてもまったく同様である。

 あるプロジェクトマネージャーはだいたい自分の時間の70%はこのような活動に充てるといい、それがメンバーの問題、適用技術などの問題などでできなかったプロジェクトは成功しなかったと言い切っている。この人が従事するプロジェクトはこの例より1〜2桁上の規模であることは差し引いて、含蓄のある発言である。著者にはこの活動がリーダーシップの源泉になっていると思われる。


◆顧客が聞く耳を持つとすればどうするか

 さて、そのようなことで、仮に、顧客が聞く耳を持っているとすれば、あなたならどうするか?これが次の問題である。

 ここで考えるべきことは、この問題には、メンバーのAさん、顧客(の担当者)、ネジの購入者の3者がいて、すべてが納得しない限り、コミュニケーションスキルだけでは調整は難しい。これがネゴシエーションスキルである。

 つまり、どのような代替案を出すか。この場合3者(あるいはプロジェクトを入れると4者)のトレードオフを考えて見る。

 プロジェクト(マネージャー)の利益 プロジェクトの利益の増加 Aさんの利益 現在のスコープを予定通りに終わらせること S社の利益 クライアントの満足 クライアントの利益 ネジのJITの調達

 このトレードオフをどのように捉えるかで問題解決の可能性が決まる。このケースだと、クライアントの利益をネジの単品調達だと考えないところがポイントである。
ネジはモノにすると小さなものだし、金額的にも小さい。そこで、たとえば、クライアントごとの情報を管理して分析し、常に必要なものが切れないようにしておけばよい。場合によっては、パーツケースのようなものを持ち込んで、そこに常に補填していくという方法も考えられるだろう。

 これにより、顧客が満足すればS社は満足する。システム的には、補填する方式であれば10本単位でかまわない。システムのカットオーバーについては、仕組みの部分をすぐに立ち上げれば、予定通り可能である。

 Aさんの現在のスコープを予定通り終わらせたいという要望も満足させることができる

 さらに、この顧客情報の管理と、補填の管理を、現在のシステムの追加案件ととして、S社が出しても構わないといっている追加予算2000万円で、プロジェクト(D社)としての増益も確保することができる。

 以上は一つの例であるが、要するにこのような代替案を提示できることがトレードオフを含み変更管理の場面では必要であるし、常に、代替案を提示できるようなステークホルダとの関係を維持しておく必要がある。


◆ヒューマンスキルの役割

 ただし、代替案には必ずリスクがついて回る。リスクのない代替案はないと言ってもよい。実際に、計画変更の交渉の場面では、このリスクが最大の問題になる。プロジェクトでは、進行とともにリスクにセンシティブになる傾向があり、初期に計画時点より、はるかにリスクにセンシティブになっていると考えた方がよい。

 このリスクの問題を解消するためには、ヒューマンスキルが不可欠である。

 まず、必要なのは説得する力である。代替案を論理的に説明し、リスクの解消に協力してもらえるような説得をする必要がある。上の例だと、クライアントのプロセスを一部変更するケースがでてくるので、そこを、ストック方式の利便性から説得していくようにS社に協力をしてもらえなけばならない。

 もう一つはやはりコミュニケーションスキルである。顧客S社、メンバーのAさん、場合によっては、ネジの購入クライアントの企業と適切なコミュニケーションができなければ、この代替案が成立することは難しいだろう。特に、重要なコミュニケーションは意図を明確に伝えることである。そのためには、2つポイントがあり、一つはプレゼンテーションの方法として、直感的に把握できるようなビジュアルなコミュニケーションに努めること、もう一つは背景をきちんと理解してもらい、代替案提案の前提、条件などに対して同意を得ていくことである。

 主要なステークホルダ全員にとって合理性のある代替案に、このようなコミュニケーションスキルが伴い、はじめて、代替案として成立し、プロジェクトにとって合理性のある代替案が可能になるといえる。

 さらに、上に述べた耳を貸してもらえる状況を作るために必要な日常的活動の中でも、コミュニケーションのスキルは重要であることを付け加えておく。
((2004/05/27号より抜粋)


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以下のような内容です。

■アクティビティ1:プロジェクトリーダーシップとは何か
■アクティビティ2:プロジェクトチームの統率
■アクティビティ3:対人関係の構築
■アクティビティ4:変更管理における問題解決型リーダーシップ

> 2004/05/06 アクティビティ1:プロジェクトリーダーシップとは何か

◆そもそも、リーダーシップとは何なのか?
◆リーダーシップに対するもう一つのポイント
◆状況依存
◆リーダーシップを発揮するために必要なもの

> 2004/05/13 アクティビティ2:プロジェクトチームの統率
◆プロセスマネジメントによるチームの統率
◆プロセスマネジメントによりチームを引っ張る
◆どのように進めるかの?
◆対立的介入

> 2004/05/20 アクティビティ3:対人関係の構築
◆対人関係の構築が基本
◆対人関係の構築プロセス
◆どのように対人関係を構築するための方法
◆対人関係の基礎になるもの

> 2004/05/27 アクティビティ4:変更管理における問題解決型リーダーシップ
◆今回のケース
◆このケースにおけるリーダーシップとは
◆顧客をはじめとするステークホルダに対するリーダーシップ
◆顧客が聞く耳を持つとすればどうするか
◆ヒューマンスキルの役割
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