第223回(2010.08.06)
「シンプル」考(1) 顧客とユーザ

◆複雑化する成果物と厳しくなる制約

今、多くのプロジェクトが頭を抱えている非現実的ともいえる制約条件の根源にあるのが、成果物の複雑さである。複雑な機能の商品に複雑さを実現している組み込みソフトウエア、複雑な情報システムなどだ。

この問題の本質は、ユーザはほとんど使わないだろうと思える機能を追加することにより、プロジェクトの制約が厳しくなっていることだ。なぜそのようなことをしているかというと、誰も「意思決定」をする人がいないからだ。言いかえると、戦略的な発想がないからである。

もう少し異なる視点でみると、顧客の声を聞きながら、顧客のことを考えていない。
顧客に言われる通りに作る。それが不便であろうが、使わないものであろうが、顧客が望んだ機能だ。そこにはユーザという視点がない。


◆顧客とユーザ

顧客とユーザというのは本質的に違う。顧客は商品購買の意思決定者である。ユーザは商品の利用者である。B2Bの商品は必ずこういう構図がある。典型的なのは情報システムである。情報システムには購買決定者として情報システム部門があり、ユーザとしてシステムの利用者がいる。そして、顧客が望むが、ユーザは必ずしも望まない商品が提供されているケースがすくなくない。

「顧客満足度」の重視するあまり、ユーザに気が回らなくなっている。「真の顧客」は誰だということを考えなくなっているともいえる。

機能が複雑化する背景には、顧客とユーザの立場の違いがある。簡単な例を一つ考えて見よう。Aさんが携帯型オーディオを買うとする。この場合、Aさんは顧客であり、ユーザでもある。Aさんはまずは顧客として行動をする。カタログや商品情報誌を調べ、評価をする。

ここでAさんが注目するのは多くの場合、機能なのだ。比較をすると、商品Xにあって商品Yにないものがあれば、ほとんどの人は商品Xを選ぶ。だから、メーカは機能を増やすことはあっても減らすことはない。スパイラル的に機能は増えていく。多機能化の競争をするとどんどんライフサイクルは短くなり、ラインナップも増やさざるを得ない。価格は下がることはあっても、上がることはない。

結果として開発期間は短くなり、開発量は増える。原価やコストは削減せざるをえない。こんなスパイラルが起こっている。


◆スパイラルの果てに

Aさんはしばらく購入した商品を使っていると後悔する。半分くらいの機能しか使っていない。買い換えても結局のところ、前に使っていた商品の機能と同じ機能しか使わない。ならば前の商品で十分だ。それどころか、今使っている機能だけであれば、前の商品の方が使いやすい。えらく高い買い物だ。

残念ながらAさんの後悔がAさんの行動に反映されることはない。選択肢がないからだ。次に顧客になるときには、また、一生懸命カタログを調べる。

このような市場にiPodのような選択肢が投入されると、Aさんは飛びつく。しかし、多くの商品には、Appleはいない。そして、後悔が繰り返される。

こんなことを数回繰り返していると、買い換えそのものに懐疑的になり、使えるだけ使うという発想になる。Windowsがそうだ。それではメーカは困る。


◆イノベーションとリストラクチャリング

そこで、メーカは考える、「イノベーションだ」。メーカの開発責任者はイノベーティブな商品を考えと言われると反射行動のように、目新しい機能はないかと考える。SIの責任者は顧客からイノベーションしたいと言われると新しい情報サービスを考える。

イノベーションは新しい機能にはない。イノベーションは「システム」にある。システムをイノベーションするために必要なものは、新しい機能ではない。価値である。
顧客価値である。顧客にとっての価値は、ユーザにとっての価値に他ならない。

成熟した商品の価値を高めるためには、商品のリストラクチャリングが必要である。つまり、もう一度、コンセプトに立ち返り、コンセプトから機能を再定義することが必要なのだ。

ここで混同してはならないのは、リストラクチャリングと機能を「切る」ことの違いだ。切るというのは、増やすというこういうの延長線上にある。求められるのは、増やすとか減らすとか言う発想からの脱却だ。

コンセプトはプロジェクトマネジメントの世界では目的と言われる。プロジェクトの目的を顧客ではなく、ユーーに焦点をあてた目的の設定をすることがシンプルへの第一歩である。

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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
20年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「コンセプチュアル・マネジメント(無料)」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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