第18回(2004.04.26) 
強みと弱み
 

◆「強み」と「弱み」
 最近、キャリアブームで、最近、よく個人の「強み」と「弱み」という議論を聞く。自己分析をする習慣が付くのは、自立への第一歩として評価できる。その一方で少し気になっていることもある。それは、「強み」と「弱み」というのを「絶対的なもの」だと考えている人が多いことだ。

 個人の性格やコンピテンシーが変わるものかどうかは、また、別の視点からの議論の余地があるが、ここでは、仮に変わらないとする。このことと、「強み」と「弱み」が固定的であることが混乱されていることが多い。言い換えると、自分の同じコンピテンシーが強みになったり、弱みになったりすることが理解できない人が多い。たとえば、顧客に密接するというコンピテンシーを持っていたとする。今のビジネスの常識では、顧客のことを考えないのは悪だといわんばかりの状況になっているので、これは当然、強みだと考えるだろう。

 しかし、そうだと言い切れないことはすぐにわかる。顧客志向という光には、ブレークスルーできない、コストを管理できない、非現実的などといった影がいくらでもある。従って、そのコンピテンシーが他者から評価されるかどうかは別問題である。

◆強みはいつも強みではない
 このことは、「強み」が状況によって「弱み」になることもありうることを意味している。

 なぜ、こぞって「顧客志向!」となるのか?価値観が一様だからだ。顧客志向ということでいえば、企業にとって重要なのは顧客の生涯価値である。従って、ロイヤルユーザとそうでない顧客を分け、ロイヤルユーザには徹底的にサービスするという話がもともとある。この話は正しい。経済的に考えても、特定の顧客との初期の関係の構築に必要なコストは、顧客との長期に亘る良好な関係が構築されれば、回収できる。

 ところが、よく考えてみると、資金力のない企業がこのような戦略を取るのは誤りであることはすぐにわかる。投資を回収する前に、顧客に対して十分なサービスが提供できなくなってしまうだろう。大企業にいるあなたがその力量を変われてベンチャー企業にスカウトされたとすれば、あなたの顧客志向というコンピテンシーは弱みになるかもしれないのだ。

◆M氏の脱線
 以下は、実際にあった話だ。中堅のSI企業H社に、M氏というすごい技術レベルの開発エンジニアがいた。M氏の技術スキルは卓越しており、技術雑誌への寄稿などもしており、業界でもそれなりに名が通っており、その技術力を売りにして、どんどん仕事を受注してきて、開発リーダー的な立場で仕事をこなしていた。
 その手法は自分の考えを顧客にも部下にも押し付けるという意味で強引だったが、とりあえず、M氏が朱担当のシステムは成功するので、顧客、社内とも評価は高かった。また、取引関係のない大手のSI企業からも指名されることがある人材になりつつあった。
 その実績が買われて、H社の中では大手のプロジェクトを任されるプロジェクトマネージャーの立場になった。プロジェクトマネージャーとしての主担当は今まで開発リーダーとして参加してきた類のプロジェクトだ。
 M氏はますます張り切り、部下の数も増えて、手がけるプロジェクト数も増え、実績は伸びていった。ところがある日、突然、社長より、H社のパートナー企業T社の取締役として出向を命じられる。理由はコンセンサスと協調性を重んじる企業の風土と合わず、顧客からのクレームも増えてきたことだった。H社の社長とT社の社長の間で話ができたらしい。M氏は結局、出向を受け入れず、自らが独立して新しい会社を設立した。その会社には、業界でもキーマンと目される人も出資しており、M氏としては一応面目躍如というところだ。

◆設問
 あなたはこの話をどう考えるだろうか?この話にはいくつか考えるべきポイントがあるが、もっとも重要なポイントは

 リーダー的な立場で実績を残してきた資質と、マネージャーとして顧客からの不評を買った資質はまったく同じものかどうかという点だ。もし、同じであれば、どうして違った結果を引き起こすのか?

という点である。

 今回はこのあたりを中心にして、この問題をどう考えるかという議論をしてみたい。上のポイントだけではなく、M氏は果たして自分の会社を成功することができるのだろうかという点でもよい。積極的な意見をお待ちしています。

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読者からのコメント
顧客の満足度=ロジカルなスキルとは限らない
私たちの会社でもあるが、顧客がロジカルを好む、とは限らないといった、我々からするとやりにくいこともたびたび発生する。
こちらが作りたいものを作るのか、顧客が喜ぶものを作るのか、と狭間で悩むのがPMだと思います。
またそれを調整し切るのがPMのスキルでもあるでしょう。
そもそも技術スキルの高い人間=優秀なPM、ではないことが多いです。
自分の経験でものを考え、それを顧客やプロジェクトメンバーに押し付ける、ことはよくあるケースです。
稲穂は実るほど垂れる、と言いますが、経験が豊富になり、多くの実績が出来るほど、人の言葉、顧客の言い分・希望に耳を貸す余裕を持つ必要がある、と思っています。うまくマネジメントしないと成果は得られないのではないでしょうか。
大木豊成(44歳・PMO部長)
M氏が開発リーダーからプロジェクトマネージャーの立場になった時に、自分のコンピテンシーの強み弱み度が変化したことに気付かなかったこと。 大久保 明彦(38歳)
「M氏の脱線」に対する意見
マネジメントで一番重要なのはメンバを信用しているかという事に限る。M氏は内容を見る限りメンバを信用せずすべてを自分がコントロールしている。悪く表現すると間違いなく見下している。信用というのは技術力ではない。
究極の理想的なプロジェクトとはPMが何もしなくてもメンバが自主的に運用する状態を言うのではないか。という事はPMが活躍すればするほどそのプロジェクトは問題があるということに他ならない。
PMのノウハウなんて二の次で「メンバ及びユーザーとの信頼関係」を築く事が第一。お互い信頼していれば喧嘩も普通にできるはず。
M氏に近いPMより(37歳)
「コンセンサスと協調性を重んじる企業の風土と合わず」という点がポイントだと思います。すごい技術レベル、卓越した技術スキル、業界でも名が通っているという、多くの優れた点がM氏を独断に陥らせ、協調性の欠落が、組織内、対顧客との調和を欠き、ビジネスで最も重視すべきことを見えなくしてしまっていると感じます。 敏(37歳、(株)日立製作所)

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