第10回(2003.11.30) 
What's your BATNA
 

"BATNA"という言葉を聞かれたことがあるだろうか?

 BATNA : Best Alternative To a Negotiated Agreement

プロジェクトマネジメントとは、BATNAの創造プロセスだといってもよいだろう。著者が最初に、BATNAという言葉を聞いたのは、ある米国のスケジューリングツールベンダー、日本の商社、中国のソフトウエアハウスが参画したプロジェクトで、スケジューリングツールのローカライゼーションのプロジェクトであった。

 詳しいことはNDAの関係で説明できないが、このプロジェクトの中で、日本語化に関係する技術的な問題が発生し、システムの基本部分の発生することが判明した。ベンダーのエンジニアの話では、言語のハンドリングをしている部分を作り直さないと問題は解決しないらしい。ただし、それをやるとコストが当初予定の倍近くかかる。

 当然、そのようなコストは見ていないので、どうするかということになった。このときに、エンジニアが、商社マンに「What's your BATNA」と聞いた。そのときは何のことかよくわからなかったのだが、商社マンの答えは

 (1)システムの基本部分の変更を行う
 (2)ただし、変更は中国語対応ができるような汎用的な形にする
 (3)この後、中国(中国語)への展開も行う

というものだった。一応、この答えはみんなが満足できるものだった。

◆ゼロサム
 経済活動はゼロサムだと久しく言われてきた。ところが、ゼロサムというのは、あるスコープで考えた場合の話であって、スコープが変わればその部分ではゼロサムではなくなる。これがいわゆるWinWinと呼ばれる関係である。

 WinWinは、プラスサムとも呼ばれる。BATNAの説明はよく図のようなベン図を描いて行われる。



この図でいうと、概念的ではあるが、

x < y

であれば、AとBはWinWinの関係になることができる。

◆プロジェクトにおけるWinWin
 プロジェクトでは、極論してしまえば、計画通りには行かないものだ。たとえば、納期に問題が生じたとしよう。どうするか?一番、多いパターンは

 PMは顧客の対応、メンバーは休日出勤、深夜作業でリカバリー

といったところだろうか?これは実はWinWinになっていない。誰も得をしていない。PMやメンバーはもちろんだが、顧客は一文の得もしていない。なぜ、こんな馬鹿なことが起こるかを考えてみると、そもそも「顧客」と言いながら、そのプロジェクトの担当者が「顧客の利益代表者」になっていないケースが多い。同様に、「プロジェクト」が自社の利益代表者になっていないケースも多い。平たく言えば、企業の利益より、自身の利益を優先させるからだ。

 企業に評価されることによって生じる個人の利益と企業の利益が一致していないというのが奇異な現象であるが、奇異でもなんでもない。単に、企業が利益を追求していないからに過ぎない。上の納期の例でいえば、「納期が遅れることによって生じる不利益(損失)が問題」なのではなく、「遅れること自体が問題」なのである。このような価値観の元で行動する成員の行動は当然上のようになるだろう。遅れること自体が問題なので、「誠意」を見せれば済む。

 ここで、注意しておきたいのは、この対応は実はお互いに巧みに、ゼロサムの関係を回避していることだ。ただし、それはコンフリクトを起こさないようにしているだけで、プラスサムを作っているわけではない。

 本来的には、この対応は、「納期が遅れることによって生じる不利益(損失)が問題」を解決する以外に考えられない。どうすればBATNAになるのか?ケースバイケースだが、たとえば、納期遅れの場合、下手にあせらずに、品質の向上をはかり、運用後の稼働時間を契約より上げるとともに、瑕疵担保の保守コストを下げるといった方策が考えられる。つまり、スコープを開発から、運用まで拡張するわけである。


◆参考文献
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