プロセス13:プロジェクトマネジメントノベル
アクティビティ4:ステークホルダー分析

◆ステークホルダ分析

 同じような要領で、出てきたすべてのリスク事象を

 ・致命的なもの
 ・事前に解消可能なもの
 ・認識したままで何も対処せずに、プロジェクトに持ち込むもの

に整理し終わったころに神原が、提案した。

 「リスクもだいたい、あがってきたので、リスクへの対処方法を検討する前に、このプロジェクトの利害関係者について考えて見ましょうか?」「ステークホルダだね」とアレックスが応じた。神原は無視し、「三上さん、御社でもっともこのプロジェクトに影響を与えそうなのは誰ですか?誰かの鶴の一声で、プロジェクトが中断になるなんて可能性もありますか?」

「そうだな、仮にもお宅の相楽さんと社長同士で下話ができているのだから、ボードや経営スタッフには表立って反対する人はいないだろう。問題は現場だな。山口君は大反対なんだよな。」と笑いながらいった。

「本部長、勘弁してくださいよ。私はすっかりと心を入れ替えましたよ。神原さん、助けてくださいよ!」

と神原の方を笑いながら見た。そして、突然、真顔に戻り、

「でも、結構、現場の部長、次長クラスには快く思っていない人が多いのも事実です。中でも、エンジン事業部の方は反発が強く、設計部長の森山などは部長会で汎用OSでホンダのエンジンの制御などできないとはっきり言っています」

神原が何か言おうとしたのを抑えて、木村が口をはさんだ。

「やっぱり、ホンダ電子さんの社内の反対派の理由はそこが多いんですか?」

「そうですね、本当の理由はともかく、表面上はこれをいっている人が多いし、実はホンダ自動車の役員にも、そのリスクを煽り立てている輩がいるらしいです」

「となるとやっぱり、このプロジェクトの最大のステークホルダはホンダ自動車ということになるんですかね」

と木村。実は、木村はこの点はあまり心配していなかった。USJ銀行がホンダ自動車のメインバンクであることから、最後は抑えきれると読んでいた。現にホンダ電子との提携にしても、USJ銀行がお膳立てしたものだった。木村が恐れていたのは、現場の対応だった。三上の率いるエレクトロニクス事業部はインフラの開発部隊であり、ハードウエア(自動車)と結びついているという意味での現場ではない。三上が賛成しても、アプリケーション部隊がその気にならないとプロジェクトは成立しない。木村がもっとも心配しているのはそこだ。木村はその点を率直に山口に尋ねた。

「アプリケーション部隊で特に消極的な部門はどの部門ですか」

「そうですね、やっぱり、エンジン制御、駆動系制御だと思います。この2つの部門はずっと主導権を持っていますからね。従来もわれわれの部門は単にインプリ部門だ
としか思っておらず、ホンダ自動車さんをバックにしてかなり強引に自分たちの意見を押し付けてくることが多かったですから。ただ、この2部門はお客様も中心部門なので、実際に、このようなスタンスは、ホンダ電子として必要だという認識は全社的にありますよ」

「そうですか、彼らを見方にするか、敵にするかでプロジェクトの進め方や成果が大きく変わってきそうな様子ですね。逆に、積極的な部門はありますか?」

「ユーティリティ系は期待していますよ。今までは、コストだけではなく、技術的に制約が多く、自分たちのアイディアが実現できて来なかったという経緯があります。さすがにここにきて、車の差別化要因としてユーティリティ、特にエレクトロニクス関係のユーティリティは注目されるようになってきましたので立場的には昔よりは力を持つようになってきましたが、逆にコストは厳しくなっていますからね。その辺に期待があるようですよ」

ここで神原が独り言のようにつぶやいた。

「エンジン制御か、ユーティリティか、それが問題だ、、、」

いつのまにか、議論のリーダーシップは木村に移っていた。
「この問題は後で検討することにして、もう少し、ステークホルダの特定を続けよう。神原くん、社内はどうだ」

「そんなに大きな問題ないと思いますが、どうしても、東京電子プロジェクトとの輻輳、競合は出てきますよね。これについては、横田さんがステークホルダ代表だと考えていてよいでしょう。ただ、東京電子の話をまとめたのは菅沼さんなので、こちらの方がやっかいかもしれませんね」

これを聞いて、木村は大きくうなづいた。

「そうなんだよな。ホンダさんとの話はUSJ筋から来て、相楽さんが中心になってまとめたんだが、東京電子さんの話はどっちかというと菅沼さんの個人プレーでまとまったようなところがあるからな」

と誰にともなく言った。木村の言葉でみんなが少し、押し黙ってしまったが、アレックが気を取り直して、

「ビジネス上はいろいろと難しいことがあるんだろうけど、やっぱり、もっとも影響力が大きいのは、RT−XPのライセンスを持っているリアルソフト社でしょう」

「そうだよね。リアルソフト社がそっぽを向いたら今回のプロジェクトはおしまいだからな」と三上。「まあ、そんなことはないでしょうけどね」といいながら、神原はホワイトボードにリアルソフト社の名前を書いた。「ほかはどうでしょう」と続けた。

これを聞いて木村が

「USJさん、初芝、このあたりはいやでも意識せざるをえないですね。USJさんの動きはわかりやすいでしょう。問題は初芝ですよ。結構、微妙な立場なんですよね。社内制度でのベンチャーの立ち上げがここまで大きな動きになるとは思っていなかったようで、役員に実質主義で3名送り込んできているけど、杉浦さんはともかく、後は、人選のことを言い出しているようです。社内で役員交代の画策をしているようですよ。あわせて、出資額の見直しも検討しているようです」

と初芝エレクトロニクスの動きについて、杉浦から耳に入れられた情報を紹介した。これを聞いて神原はホワイトボードに赤字で初芝エレクトロニクスと書いた。書き終えると、みんなの方を向き、

「Mobile−RT−XPの直接のユーザは今の話だとアプリケーション部門になりますが、その先を考えなくてよいのでしょうか?」

と問いかけた。これに対して、山口が「その先とはどういう意味でしょう」と応じた。

「Mobile−RT−XP上のアプリケーションのユーザです。ほとんどは、ホンダ自動社の車のユーザということになるんでしょうけど」

「そういうことですか。難しい問題ですね。エンジンとカーナビではおのずと位置づけも変わってきます。エンジンではあまり必要がないように思います。ユーザに対してはよいものを提供するのは当たり前で、コスト面でユーザのことを意識する必要がありますね。ところが、カーナビだとおっしゃるとおり、最終ユーザの存在は無視できないと思いますね。これはわれわれ電装の考え方でもあるんですが、アプリケーション部門に何を提供すれば、アプリケーション部門が自分たちのベストを尽くせるかというのがまず、第一です。ところが、ユーザインタフェースなどに関しては、アプリケーション部門はプラットホームありきで考える傾向があるんです。これはPCなどからきている考え方です。たとえば、Windowsで直接実現できないインタフェースは、考えないといった感じになっています。ここを変えていくのは現実的には難しいです。大変なコストが発生しますし、それなら、プラットホームは要らないという発想になります。そこで、われわれの考え方は、ユーザに直接影響を与える部分については、プラットホームのレベルで考え、提供することにしています。つまり、電装として顧客のニーズを知り、それにプラットホームレベルで対応しようとしているわけです。この考え方はぜひ、Mobile−RT−XPの開発に当たっても継続していきたいと考えています」

「よくわかります。われわれも山口さんを見習って、ぜひ、そのような方針をぜひ、取り入れていきたいと思います。車の中のシステムのユーザインタフェースは、プラントや機械とはかなり違うように思いますので、ユーザがどのようなニーズを持っているかはホンダさんからのプロジェクト参加メンバーに期待するところ大です」

と神原。
「実際にプロジェクトが走り出すと、もっといろいろなステークホルダが出てくると思いますが、現時点で考えておかなくてはならないのはこんなものでしょうか?」と続ける。

ずっと沈黙していた三上が口を開いた。

「東京電子さんの方はどうなんでしょう?お話ですと、アステックさんから見れば、われわれの方が本命で、東京電子さんは後から出た話のように聞こえますが、東京電子さんはわれわれより社会的な影響力も大きいし、産業界に対する発言力も大きい。いざ、プロジェクトが走り出してみると、アステックさんの対応が変わってくるなんてありえないでしょうか。小耳に挟んのですが、通商経済省が菅沼さんのところ圧力をかけたという話も聞きましたよ。今、世間を騒がせているミツイ自動車問題でも運輸交通省と結構対立していると聞きますし、RT−XPの件は、Windowsの再来かと騒がれているので、両省ともなんとか影響力を担保しておきたいって当然あるんじゃないですか」

これを聞いた木村が苦笑いをしながら

「そうですか、耳に入っていましたか。実はそうなんです。われわれは今の日本の基幹産業だと考えている自動車でまず展開をしようと考えていました。その線で、リアルソフトのジョブスとも検討を進めてきましたし、銀行、ホンダさんとも下交渉をし
てきたんです。もちろん、運輸交通省とも話し合いを重ねてきました。彼らの意思は自動車搭載においては少なからず影響がありますからね。そこに、通商経済省から圧力がきたわけです。この件に関しては、当然、米国輸出などの話もありますんで、彼らの立場でいえば当然なんでしょうね」

そして、神原に

「神原くん、通商経済省と運輸交通省をステークホルダに入れておいてくれ」

といい、さらに続けた。

「ここだけにしておいてほしいのですが、先ほどちらっと申し上げた初芝が投資額アップに動き出したもの、この辺の背景があるんです。通商産業省からすれば、初芝に影響力を確保させ、その初芝に影響力を持つというのが一番簡単ですし、効果的なやり方でしょうからね。たぶん、今日の役員会で、増資の議決がされますよ」

「どのくらいになるんですか」と三上が聞いた。

「金額そのものは1億円程度だと言われています。ただ、副社長ポストを作り、一人、初芝というか、通商経済省のOBが天下ってくるのではとうわさされています。早ければ4月からとか」

と木村。

「すると、ステークホルダとしては、設立時のボードメンバーと、今度来る副社長は分けておいた方がよさそうですね」

と神原。

 「こんなところでしょうか。ほかになければ、今日は時間も遅いので、これらを踏まえたリスク対策と、要求品質レベルのすり合わせは、次回にしませんか。ただ、通商産業省の問題など、新たな情報が今回インプットされたので、これらを踏まえてもう一度、ビジネスリスクの見直しが必要かもしれませんね。それについても、次回話し合いしましょう。少なくとも、次回には、今日の初芝の役員会で、初芝としての方向性ははっきりしているはずですから」

神原の意見が受け入れられて、この日のミーティングは解散することになった。「次回ですが、また、一週間後の16日でいいですか」と尋ねた。「そこはうちは部署の忘年会なので、前の日にしてもらえると助かります」と三上。「じゃあ、15日にしましょう。いいですか」という神原の質問にみんながうなずき、その日は解散となった。


◆初芝エレクトロニクスの決定

 初芝エレクトロニクスは12月9日の役員会で、アステックに対して、1億円の追加出資をすることと、通産経済省から初芝に4月に迎え入れるOB大畑晃一をアステックの副社長にすえる方向で調整することを議決した。大畑晃一は58歳、通商経済省在職中は電気・電子産業一辺倒のキャリアである。

 社長の相楽は初芝と再度の協議を重ねた。この件に関しては、初芝の決定事項はアステックの決定事項であり、抗っても無駄なことは良くわかっていた相楽は、一点に集中した交渉を重ねた。それは大畑の入社時期である。初芝側は役員会の決定に従い、4月を要望したが、大畑はホンダプロジェクトのマイルストーンを聞いており、何とか影響を逃れようとした。その結果、最後は初芝側も譲歩し、9月までは顧問、10月から副社長就任という案を出してきた。これで実質的な意思決定への関与は10月以降となるので、相楽はこれを了解した。

 ところが、この件の波紋は、プロジェクトを開始した後で、思わぬところで出てくることになる。

(次回に続く)
                       (2004.6.29号より)
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