第26回(2005.10.03) 
プロジェクトの業績をどう評価するか(前)
 

◆ラインとは異なる評価が必要

この問題を考える前に、「なぜ、プロジェクトなのか」という問題について考えてみよう。プロジェクトマネジメントの世界的な標準である米国プロジェクトマネジメント協会(PMI)の提唱している手法PMBOK(Project Management Body Of knowledge)によると、プロジェクトは

独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施される有期性の業務

であると定義されている。

このことからもわかるように、経営者(トップマネジメント)はプロジェクト形態で業務を進めることにより、機能別の階層組織(以下、ライン組織)では実現できない、商品やサービスの内容をドラスティックな改善を実現できるという期待を持っている。
その期待とは、「競合に圧倒的な差別化ができる商品を開発する」、「リードタイムを画期的に短縮する」、「顧客のニーズに敏感に対応し多くの顧客を取り込む」といったことへの期待である。

ところが、これは単に組織形態をプロジェクトチーム(以下、チーム)にすれば実現できるといった単純なものでない。プロジェクトマネジメントをうまくやることも重要であるが、何よりも、業績評価の考え方・方法を変えないとできない。しかし、多くの企業では組織形態としてプロジェクトを採用しているものの、業績評価は相変わらず、ライン組織の仕組みのままのケースが多い。

プロジェクトが実行されている現場を見ると、この矛盾に特にプロジェクトマネージャーが苦しんでいるケースが多い。たとえば、IT系企業のSIプロジェクト(受注開発型プロジェクト)でよく見られるケースがそうだ。業績責任がライン(事業部−部−課)にある。そして、ラインがプロジェクトを組織する。プロジェクトマネージャーを任命し、プロジェクトマネージャーと相談しながら、メンバーを選ぶ。このようなプロジェクト組織では、業績評価は事業業績に直結するプロジェクトのコスト(あるいは損益)で行われることが多い。これは一見、成果を上げるために手段を問わないという意味で合理性があるように思えるが、このような評価方法では成果を出すことはきわめて難しい。いままでよりも高い目標を掲げているわけであるから、目標を達成するためにそれなりの方策が必要にもかかわらず、そこに注意が向けられることがあまりないからだ。

一方で、プロジェクトの実行者であるプロジェクトマネージャーやプロジェクトメンバーに目を向けてみよう。プロジェクトがプロジェクトらしい活動をするためには、プロジェクトに参加する個人の評価と、チームの評価の整合が重要である。つまり、プロジェクトの評価が高くなれば、個人の評価も高くなるといった仕組みが必要である。それがあって始めてより高い目標が達成できる。ところが、現実にはプロジェクトの評価と個人の評価が分断しているケースが多く、個人の評価はあいまいなままである。もちろん、完全に分断しているというわけではないが、たとえば、目標管理を導入をしている企業であれば、そのプロジェクトにコミットすることを年間目標のひとつに掲げるといった程度の結びつきになっているケースが多い。これもまた、ライン組織における個人の評価方法に他ならない。


◆プロジェクトマネジメントの立場からの評価のあり方

このような評価形態の組織全体としての妥当性の判断は難しいが、少なくとも、プロジェクトマネジメントの立場から言えば、あまり、好ましい形態ではないことは事実だ。

先にも述べたように、トップマネジメントのプロジェクト形態に対する期待は、単にシステムを開発することではなく、開発期間を短縮し、また、十分に顧客の要求を聞き入れた顧客満足度の高いシステムを開発することだ。このようなトップの期待のもとに、プロジェクトは、通常のライン業務の流れでは実現できないようなスケジュール、品質目標を掲げてそれを目指して進んでいくことになる。

しかし、業績評価が損益だけで行われるなら、これらの目標に向かってメンバーをドライブしていく力は極めて弱い。何とか形を保てているのは、組織へのコミットメントや、プロジェクトメンバーの一人ひとりが持つまじめさに他ならない。経営環境の変化とともに、そのような要因も薄れていく中で、プロジェクトを経営者の狙い通りに機能させるには、チーム組織に対応した新しい業績評価システムが必要なことは明らかである。


◆どのような評価方法が必要か

そもそも、業績評価システムというのは何のためにあるのだろうか?これについては、いろいろな見解があると思われるが、大切な役割のひとつに評価システムによって、経営「意思決定」に必要な情報を収集するという役割がある。たとえば、SIプロジェクトを例にとれば、損益をモニタリングしておくことによって、万が一そのプロジェクトにトラブルが発生した場合にトップはそのプロジェクトの進め方に対して事業全体を考えた適切な判断を下すことができる。これはプロジェクトに限らず、ライン組織でも同じことがいえる。事業企画部門であればROI、商品企画部門であればシェア、生産部門であれば在庫という風に、トップが状態を掌握し、意思決定をするための情報が得られるように評価システムは作られる。

後で触れるが、プロジェクトの場合にも、もちろん、このような評価指標は必要である。

しかし、プロジェクトには権限委譲がなされていることに注意を払う必要がある。意思決定の多くの部分がプロジェクトへ委譲されている。それゆえに、もう少し、違った位置づけの業績評価が必要になる。

権限委譲することにより、成果だけではなく、プロセスに対する管理を行う仕組みを作り上げ、それにより、商品やサービスの内容をドラスティックに改善していこうというのがプロジェクトの基本的発想である。したがって、プロジェクトチームの業績評価は、単に成果だけではなく、プロセスに対する評価を行う必要がある。

では、具体的にどのような考え方で評価指標の設定を行うのか?まず、最初のポイントは業績評価の目的であるが、上に述べたように従来の評価が(トップ)マネジメントに対して現在の計画達成状況を示すことだったのに対して、プロジェクトの評価ではステークホルダ全体に対して計画達成状況を示すものでなくてはならない。あるいは、共有といった方がよいかもしれない。ステークホルダ、特にメンバーが評価によってプロジェクトの状況を把握し、どのタイミングで何をすればよいかがわかるようなプロセス評価が行われる必要がある。

同時に、そのプロセスの評価は、プロジェクトの「目的」を十分に反映したものであることが必要である。この点はプロジェクトチームの業績評価としては極めて重要な点である。たとえば、商品開発プロジェクトで、その目的が「業界初の機能を持つ商品を競合企業より先に市場に出す」ことだったとしよう。このとき、まず、設定されなくてはならない評価指標は機能的な側面から、新たに使われる技術、新たに使われる部品数などである。さらに開発スピードの面からは、生産性が問題になる。高い生産性を実現しなくては、競合より先に市場に出すことはままならないだろう。ただし、設計作業の生産性と言っても指標としては設定しにく。そこで、生産性を担保するような指標として、要員調達の効率、メンバーのスキルといったさらに計測のしやすい指標を設ける必要があるだろう。

ここで考えなくてはならない問題は、成果に関する評価である。いくらプロセスの生産性が向上しても、成果に結びつかない場合がある。多くの場合には、そこにはプロジェクトマネジメントの判断のミスがある。たとえば、「スケジュールとコストとの関係で、スコープを変更した(機能を縮小した)が、それが裏目にでて、思ったほど商品が売れなかった」、「プロジェクトの途中で、予期していなかった企業から競合商品が発売されるという情報を入手し、品質を犠牲にして商品の完成・発売に踏み切った」といった類の判断ミスである。敢えていうまでもないことかもしれないが、その意味で成果に関する指標は必ず入れておく必要がある。さらにいえば、ラインではなく、プロジェクトとして取り組んでいることの効果の検証も必要である。そのためにも、新しい業績評価指標を導入したことにより、従来から使われている業績評価指標がどのようになっているかも必要である。

※ 本記事は、「賃金実務」2005.09.01号に掲載された記事を編集したものです


スポンサードリンク
読者からのコメント
ライン組織とプロジェクト組織では、その評価の考え方が違うという事でした。しかし一般的には、評価の基準(ものさし)は全社で統一していないと、不公平ではないのですか。どのようにしてライン組織の評価とプロジェクト組織の評価のバランスをとるのでしょうか。 ノーマン(53歳・ノグチコンピュータサービスK)
プロジェクトを中心にした業務運営をしている組織では、必ず、多面評価が必要だと思います。多面評価によって評価のバランスがもたらされるからです。

多面評価の考えられた経緯のひとつは、よく知られているように、「評価の客観性」を担保することですが、もうひとつの目的として、プロジェクトで仕事をする社員の適切な評価があります。

評価権限をラインマネジャーのみが持っているとすれば、正当な評価はまずできないと思われます。当然、ライン組織への貢献が優先され、プロジェクトへの貢献が二の次になり、それがプロジェクトの失敗につながってくるようなケースはよくみかけます。

だからといって、プロジェクトでの結果だけを出せばよいということだけが一人歩きすると、組織は持ちません。そこで、プロジェクトマネジャーとラインマネジャーの多面評価で評価を決定するということが望まれます。
好川哲人(PMOS本舗)

■本稿に対するご意見,ご感想をお聞かせください.■

は必須入力です
コメント
自由にご記入ください

■氏名またはハンドル名
■会社名または職業
■年齢

  
このコンテンツは「プロジェクトマネージャー養成マガジン」としてメルマガで配信されています.メルマガの登録はこちらからできます.